雑技団と二胡奏者

(1)雑技団
 久しぶりに北京、天津に出かけた。今回は現地友人のはからいで、天津雑技団の訓練所を見学するチャンスにめぐまれる。
普段、テレビやステージでみる演技は華麗そのものだが、舞台裏では日々黙々と血のにじむような訓練が繰り広げられていた。
 
 ここでの訓練は7,8歳から18歳くらい迄の、既に表舞台に立つレベルの子供たちの訓練所だ。他にもそれ以前の段階の子供たちの訓練所もあるそうだが、そちらは子供たちの気が散るのをおもんばかって非公開になっている。
 
 雑技団の出演者の多くは子供たちである。聞けば、成人になると身体が硬くなってきてアクロバットのような演技には不向きだそうだ。それらの人はコーチや裏方になるか、或いは転職していく人が多いとのこと。
ここは全寮制で、子供たちは朝から夜まで練習に明け暮れる。体育館のような訓練所では十数種類の演目の訓練が小グループに分かれて繰り広げられていた。

 ある少女のグループは、2mほどの高さの一輪車に乗った4人が一列に並ぶ。一輪車を前後にゆらゆらと動かしバランスをとっている。それぞれの子は、頭にステンレスの小さなお椀を載せている。最前列の子がお椀の一つを取って足の先にのせ、それを後ろ向きにけり投げる。それが2番目の子の頭のお椀の上に見事にかぶさる。そして2番目は3番目の子にと順次、移っていく。
 見ていて人間わざとは思えない。だが人間は、とことん訓練すればここまで出来るのだと感動させられた。

 数年前、中国(春節)のテレビ番組で聴覚障害者の少女らが演じる千手観音でも感動した。20人ほどの少女(少年も含む)が縦一列になり演ずるが、前からみると最前列の少女からまるで40本の手が出て、一糸乱れず滑らかに動きが変化して行く様は、千手観音はかくの如くかと、優美な幻想の世界にいざなわれる想いであった。
少女らは日本にも来演したので、観られた方も多いと思う。これをみて、あの辛口の丸山明宏が絶句していたのが思い出される。
だがこの華麗な演技の裏では想像を絶する訓練があるに違いない。

 雑技団の子供たちだが、もちろん素質もあるのだろう。広く各地から素質のある子を選んで集めてきたのかと聞くと、意外にも天津郊外のある村の出身者が殆どだという。その村では代々、そうした子供たちを送り出しているのである。
雑技団は海外公演もある。日本では主に温泉地でのアトラクションなのだそうだ。外部公演すれば子供たちにも出演料が支給される。が、それは親が受け取る。

 黙々と訓練する子たちがけなげだ。幸あれと祈るばかりである。やがて彼らも何れは村に帰り、結婚し、そして生まれた子は又ここに戻るのであろうか。

 雑技団の訓練所を後に、街中に戻るとそこは高度成長まっしぐらの喧騒な社会だ。今後は生活水準の向上とともに、厳しい訓練に耐えられる子供たちは減っていくのかも知れない。

(2) 二胡奏者
  
  ここの雑技団は楽隊も持っている。楽隊は舞台での伝統音楽の演奏もあるが、主に雑技演技のBGM的な演奏を担うのか、比較的地味な存在である。
  温厚で口数の少ない二胡奏者のL老師はまもなく定年をむかえる。ここで30年以上も二胡を演奏してきたそうだ。
彼の家で演奏を聴かせてもらったが実にすばらしい。遊びの二胡、初級者の私が彼の腕前を的確に言い表すことなど出来ないが、真のプロとはかくの如しかと感動させられる。

 雑技団のスタッフは技師とか工程師とか呼ばれる。この何々師には段階があり、建前として一級は国が決めるらしい。二級以下の昇級は雑技団の団長の裁量にかかっている。L老師だが、雑技団の中での待遇といえば彼の腕前、年数にふさわしいとは言えないようだ。世の中、得てしてそうした理不尽がまかりとおる。

 二胡についてL老師は面白いことを言っていた。一つは二胡そのものについてだが、二胡は「やわな楽器」ではないという。弾き終わったら弦を緩めて蛇皮を休ませるのかと訊ねると、そんな必要はないという。
 そうして彼が持ち出してきた二胡の一つは、外見からは、こんな二胡なら例え道端に落ちていても拾う気もしない古色蒼然、満身創痍のオンボロの時代物!(写真参照)。だが彼が弾くと、これが実に妙なる音色を引き出す。なるほど!二胡は「やわな楽器ではない」と納得できる。
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  老師は、副業で生徒をとって教えている。初級者が陥りやすい問題点について訊ねると、「左手の運指が二胡の練習だと勘違いして、右手がおろそかになっている」とのこと。
 はやく前に進みたいとの心理がそうさせるらしいが、小手先で弾いていては本物は育たないとなかなか手厳しい。
 
 雑技団の少年少女やL老師の生き様を見ていると、外見的には決して恵まれた生活をしているとはいえない。だが、試練や訓練で積み上げた確かなものが人の感動をよび起こす。諸行無常、やがては、ひっそりと消えていくことになっても、一生懸命に生きたという実感(充実感)は心の糧として残るに違いない…。

                             凡爺
 
この記事は凡爺の別のブログ「凡夫の日々是好日」http://hiranoy.blogzine.jp/nihaoにも転記しています。
天津関連は「天津泥人形の館」http://www1.ocn.ne.jp/~bonji/に載せています。

この記事へのコメント

にこひめ
2007年06月22日 22:54
ご無沙汰しています。ブログ拝見していますよ!!
最初の頃は弦を緩めていましたが最近では、そのままにしています。
弓と弦の力加減が難しいですね、最近は基礎練習を心がけるようにしています、間に好きな曲
などを弾いてみたり気分を変えながら
凡爺
2007年06月23日 11:51
にこひめさん、こんにちは!
弓と弦の力加減は難しいですね。最近、北京で毛の本数が多い弓を
買いました。この弓は、力が足りないと、ときどき内弦、外弦を同時に
擦ったりして…。
まあ、ぼちぼち、やっています。

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